| 「亜矢ちゃーん、そろそろお時間よー」 |
| 「はーい、ととっ……まだこのベールがっ……えいっ」 |
| 「あぁぁ~……」 |
| 心配そうな顔をしたお母様が、大きな鏡の前に立つ私を見つめている。 |
| ――真っ白い、ウェディングドレスを着た私。
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| 「ダメダメ、せっかくセットした髪がくずれちゃう。お母様が着けてあげますっ!」 |
| 「だ、大丈夫よ、もうちょっとだから~~……んしょっ」 |
| ――今日は咲と私の、私たちの晴れ舞台。
この日のために、日焼けも我慢して、お肌もツルッツルにしたんだから!
ウェデイングドレスの着付けなんて、一つや二つ……!
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| 「よしっ、できた!」 |
| 「ダーメ、曲がっちゃってるもの。いま直すから、動いちゃだめよ?」 |
| 「~~むぅ!」 |
| お母様は私の前に立ち、嬉しそうにベールのレースを手繰りよせた。
本当に嬉しそうな顔、まるでお母様がお嫁に行くみたいね。
私の緊張もちょっとほぐれた、かな?
……咲は、私のこの姿を見たらなんて言うかしら?
『キレイだよ、亜矢』……とか? 『惚れ直したよ、亜矢』、とかっ!?
キャーキャー!!
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| 「あ、亜矢ちゃん!? 急にバタバタしてどうしたの!?」 |
| 「ご、ごめんなさいっ」 |
| …………ちゃんと喜んでくれるかな?
あとはレースの手袋を着けて、ブーケを持って……と。
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| 「さぁ、できた! 行きましょう、新郎さんが待ってるわ」 |
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* * *
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| 「亜矢ーーーー!!! アァーーーヤァーー!!!!」 |
| もうっ、お父様ったら!
お嫁にいくっていっても、一生会えないわけじゃないんだからぁ。
なにもそこまで泣かなくても……。 |
| 「離せ母さん! 新郎なんぞ、このワシがぶった斬ってくれるわーーー!!」 |
| 「あなた、教会で刀は御法度ですよ? はいはい、泣かないの!」 |
| 教会じゃなくても御法度よ、お母様……。
最初からこんなんじゃ、咲だってびっくりしちゃうじゃない! |
| 「ねぇ咲、気にしないでね? って、ちょっやだ、なんで仏頂面してるのよ!?」 |
| ――あんまり遅いからスッポかされたかと思った、ですって!?
ああ……お父様に微塵切りにされそうになったから怒ってるのね。え? 違う?
遅れたのは悪かったわよ、でも、これでも一生懸命覚悟してきたんだからっ。
花嫁さんだって色々あるの、私は咲の顔を睨んでやった。
――やっとオレのこと見たな? んん?……あ!
……私ったら、お父様やお母様のことばかり心配してたわ。
そういえば、咲の正装姿ってはじめてみたかも。
――オレだって覚悟してきたのに……、ですって?
いつもより凛とした、咲の横顔――。
これが、私の旦那さま……。
――でも、これはまだ模擬結婚式。
神楽財閥が始める、ウェディング事業のデモンストレーション。
お父様があんなに大泣きしちゃったから、来てくれたみんなもびっくりしてるわね。
本番じゃないのは残念だけど、ウェディングドレスが着れたのは良かったかな。
なんたって、一生に一度のことを二度も体験できるんだし、楽しまなくっちゃ。
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| 「……色々慌しくてごめんね、新郎役さん」 |
| ――でも、ありがと。
あと数年したら、またこんな風にみんなに祝ってもらえるかしら。
その時は――今度は本当の、私は咲のお嫁さん――。
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| 「咲、大好きよ」 |
| やだっ! な、なにニヤけてるのよ!?
この次まで……いえ、これからもずっと――。
私があなたを笑顔にしてあげるんだから、もっと覚悟してよね! |